「AIが進めば海外への業務委託は要らなくなる」——直感的にはそう思えますが、現実のデータは逆を向いています。KPMGが全世界27.6万人にClaudeを展開する一方で、米国会計事務所のインド拠点は採用を拡大し続けている。AIとオフショアが併存しているこの状況は、日本の税理士業界の外注構造にも示唆があります。
何が起きたのか
Going Concernのまとめ記事から、2つの対照的な動きを取り上げます。
1つ目はKPMGとAnthropicの提携拡大です。KPMGは全世界276,000人以上の従業員がClaudeにアクセスできる体制を整え、従業員・クライアントが実務で使うソフトウェア基盤「Digital Gateway」にClaudeを統合します。注目すべきは展開の順序で、初期段階は税務・法務クライアント向けの新機能開発から始まるとされています。さらにAnthropicはKPMGをプライベートエクイティ(PE)分野の優先パートナーに指定し、PEポートフォリオ企業向けのClaude統合製品を共同開発する計画です。
2つ目はオフショア採用の実態です。米国の中堅会計事務所Citrin Coopermanのインド法人は、2016年にアーメダバードに初拠点を開設し、2024年後半時点で約300人だった体制が現在は1,000人超に拡大しています。親会社の2025年度売上は9億8,500万ドルで、インド事業がこの成長に大きく貢献したとされています。

一方で同じ記事は、影響が職種によって不均等であることも伝えています。PwCやMcKinseyではエグゼクティブアシスタント職がAIによって削減され、かつて年収10万ドル超だった職種が消えつつあります。EYはMicrosoftと組んで企業AI変革に10億ドル超を投資し、IntuitはAIシフトを理由に3,000人超を削減しました。
背景 ―― なぜ今なのか
KPMGの動きは、OpenAI×PwCで見たBig4×AIベンダー連合の一角です。KPMGはGoogle CloudのGeminiとも組んでおり、Big4は特定ベンダーに縛られない多層的な提携網を築きつつあります。そして各社に共通するのが、展開の入口が税務・法務・財務であることです。データが構造化されルールが明確な領域から入るのが、エージェントAIの定石になっています。
オフショアが伸び続ける理由はシンプルで、AIの効果よりも人件費差の方がまだ大きいからです。米国会計士の人件費とインドの人件費の差は数分の一のオーダーであり、AIによる2〜3割の効率化では逆転しません。さらに言えば、オフショア拠点自身がAIを使い始めており、「安くて、AIで速い」拠点は当面むしろ競争力を増します。
税理士の視点で読み解く
①「まず税務から」がまた繰り返された。 KPMGの展開順序——税務・法務クライアント向け機能が先頭——は、OpenAI×PwCが対象8領域に税務を明記したのと同じパターンです。グローバルのAI実装は税務を「最初に自動化が効く領域」として扱っており、この認識は日本にも確実に輸入されます。税理士にとっては脅威であると同時に、税務がAI投資の最前線にある=学ぶ価値が最も高い領域だということでもあります。
②AIとオフショアの併存は、日本の記帳外注にも当てはまる。 日本でも記帳代行のベトナム・ミャンマー等への外注は定着していますが、「AIが進めば外注は不要になる」と単純には進みません。むしろ起きるのは外注先のAI武装です。人件費差×AI効率化の掛け算で、外注単価はさらに下がる方向に働きます。国内事務所が記帳の「作業」で勝負し続けるのは、二重の意味で不利になっていきます。
③消えるのは「国」ではなく「職種」。 エグゼクティブアシスタント職の削減とオフショア採用の拡大が同時に起きている事実は重要です。AIの雇用影響は「どこの国の仕事か」ではなく「どの種類の仕事か」で決まります。定型的な調整・文書作成・スケジュール管理は場所を問わず縮み、検証・判断・関係構築は場所を問わず残る。事務所内の業務分担を考える際も、この軸で見るべきです。
④27.6万人への展開というスケールの意味。 全社員がAIにアクセスできる状態と、一部の意欲的な職員が個人で使っている状態では、組織学習の速度が桁で違います。日本の事務所規模でも、「全員が使える状態」を作ってから業務を選ぶのか、「特定業務に限定して導入する」のか——KPMGは前者を選んだということです。セキュリティ設計を固めた上での全員配布は、中小事務所でも十分現実的な選択肢です。
実務家のアクション
- 外注構造を「AI後」の前提で見直す:記帳外注の単価・品質要求を再交渉し、外注先のAI活用状況を確認する
- 事務所内の業務を「職種」軸で棚卸しする:定型調整・転記・文書整形など、場所を問わず縮む業務への依存度を把握する
- AIの「全員アクセス」を検討する:一部の人の実験で終わらせず、セキュリティポリシーを決めた上で全員が使える環境を整える
- 税務×AIの一次情報を追う:グローバルの実装が税務から始まっている以上、海外事例は数年後の日本の予告編として読める